夫のちんぽが入らない

ceroのファンだからというサブカルバンギャ的な理由で読み始めた。「なし水」も「けつのあなカラーボーイ」なにも知らなかったシャバ僧です。サブカル女子はだいたいこの本を知ってるし、女子に対してサラッとちんぽという単語が使えるのがマンモスうれぴー。(実際は、女性はおろか、男子友達も減ってて話し相手がいないから、ちんぽ話をあまり出来てない。)

 

読む前は「夫のちんぽが入らない」っていうタイトルに対して、これがセックスレス夫妻の言い回しを代替しただけだったり、奇をてらってるだけだったら興ざめだと思っていた。とはいえど、Orphansのイメージがあるので終始シリアスな物語と期待していた。あと、Orphansの歌詞の「二人は兄弟だったのかもね」が夫婦の関係性のことだと思っていたので、そこにも意識して読み進めた。

 

読み終えてみると、性交シーンで「でん、ででん」という効果音だったり、ちんぽが入らないことをトンネル工事、道場破りに例えたりコミカルさはあるなーと感じた。他にも「不能だけど不毛になりたくない」という表現が二回ほどでてくるが、「uou」で踏んでいると勘繰ったけどこれはたまたまかなぁ。コミカルな表現は基本的に、夫以外も含めた性交シーンに使われていて、学校、親関係での悲惨なことにはコミカルな表現はほとんど無かった。笑うしかないが故のコミカルな表現だと感じたし、それが渇いた笑いを産んでいて、悲しさが増幅していた。

  

全体的を通して、自分を卑下する言い回しにリアルさがあった。面白味のある文を書こうとしたり、言葉選びや、比喩表現に注力したという印象は無く、鮮明に覚えている感情を文を落とし込んだだけに思えた。それだけストレートで現実的で的確なのだと思った。

 

登場人物が少ないものもあって、当然ながら終始夫の存在が気になった。大学時代の夫の描写に中学校のジャージで大学の講義を受けるということがあるほど、夫は他人を気にしない。著者と出会ったばかりの頃も基本的に自由奔放な振舞いだ。安定志向でリスクヘッジばかり考えている神経質な自分としては、憧れるような存在だと思えた。夫のようなタイプの人はメンタルが強く、やりたいことだけやって人生を作っていけると思っていた。しかし、そんな夫も教員になりパニック障害になってしまう。「他の先生に指摘されても自分のやり方で授業する」、「他のクラスでも補導された学生の元に駆けつける」という描写があるので、きっと信念を持って教員になったんだと思う。その信念が生活を崩し、神経をすり減らし、パニック障害に陥ってしまう。自由奔放な人は精神的に病まないイメージがあったのもあって、なんだか辛くなった。それと、この夫婦は夫の無口さに助けられていると思った。Orphansの「彼は無口な上に」もこの夫が関係しているのかなぁ。そもそも、逃避行のパートナーに饒舌な人は辛そうだ。

  

 二週目を、読んだときは二人の微笑ましい雰囲気のシーンをあら探ししてしまった。夫が就職して、離ればなれに暮らし始めてから月一で会って近況報告しているところで、インコの話をしてるところが良かった。著者が夫の髪を切ってあげるところの他愛ない会話もすごくいい。全体に悲惨すぎるので、もっと短編でいいのでこだまさんの人生で楽しいことばかりを綴ったエッセイが読みたいと思った。

 

 最後に、自分的な各章のイメージ

1章 DOWNTOWN BOY(松任谷由実)

2章 知らない街でふたりぼっち(サニーデイ・サービス)

3章 baby blue(fishmans)

4章 Home (dive)