7月13日(木)スピッツワンマンat日本ガイシホール

表題の件について。

 

最近は心身ともに疲れすぎていて正直バッチバチには楽しめなかった。セットリストはほぼシングル曲で、スピッツマニアでない自分でも知らない曲がほとんど無かった。その日のベストバウトは「俺のすべて」だと思った。夏だ。

 

ライブでもらったパンフレットに年代別のベスト盤の記載があった。目を通して気付いたが、私は初期の方が好きだ。幼稚園児だった頃に母が車でいつも流していたからかもしれない。夏の魔物青い車、渚、スパイダーが特に好きだなぁ。

 

帰りは当然のごとくの混みようで、笠寺の電車を待つのが嫌になったので、一番近い地下鉄駅である桜本町駅まで歩いた。通ったこと無い道を歩くのは楽しい。

 

 

p.s.

この前交差点でヤマサのトラックを見て「なんだこの既視感は…!」とおもって考えてみたらスピッツのロゴと一致した。ヤマサのちくわはキュートな丸みを帯びたフォルムだと思っていたが、実は尖っているのかもしれない。(もしくは、私がスピッツだと思い込んでいたバンド名は「ヤマス」だったのか…?今の私の知識量では判断しかねるのでリサーチしたい。)


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7月7日(金)JAMMIN

OGRE YOU ASSHOLEとvideotape musicを見に行った。

 

一番手がオウガだった。オウガは古めのアルバムを数枚持ってるくらいで、それほど詳しくはない。実際、ライブをみてもそこまで爆裂アゲには至らなかった。ただ、もともと知らなかった曲だが、「夜の船」が凄く沁みた。なにもない毎日から逃げ出せそうな気がした。

 

そして、次がvideotapemusic。チャイナブルーはアンコールだった。レ・アナーコのチャイナブルーも凄く好きだけど、ビデオテープミュージックのマッチョ映像を用いたパフォーマンスは言わずもがな素晴らしかった。

 

JAMMINには始めてきたのだが(存在を知ったのもKOHHがワンマンやった時)、中学のクラスメイトがここで働いていて吃驚した。中学時代でもとりわけ交流があったわけではないが、この偶然さが面白くなって話しかけてみたら、案の定変な感じになった。謎の好奇心に突き動かされた自分の行動に後悔しかない。

 

また、偶然でいうとライブハウスで大学の先輩と会った。今は浅間町にお住まいとのことだったので、浅間町に住んでいる友人を召喚して三人で山ちゃんで飲んだ。私が手羽先を頼むと、「それ、頼みすぎじゃない…?」との指摘を受けた。今回に限らず、この指摘は幾度となく受けたことがある。しかしながら、私は毎回ほどよい分量を頼めていると確信している。今回も私の注文に狂いはなかった。山ちゃん行き慣れてない人は、気持ち多目に頼むとちょうどいいと思います。

あと、箸袋に載っている食べ方を実践しようとすると初心者だと思われるので、「銀河高原ビール知名度に少なからず山ちゃんが影響してるよね~」となどとクソみたいなことをほざいて、「俺知ってるぜ…!!」感をだしつつ、自分なりの食い方で手羽先を食った方が古参ぶれると思います。そこで、「山ちゃん、良く来るんだね~」的な事を言われたら「俺、山ちゃんワンなんだよね、いや違う、山ちゃんスリー!いや違う、あ、そうそう、山ちゃん通なんだよ」と陽気な親父ギャグをカマすことで枯専ギャルの心を鷲掴みだ。

 

 

 

 

お後がよろしいようで。

 

6月23日

自分の拙い文章で人の命に関することを書くのは心苦しいので、詳しくは書かないが小林麻央が亡くなったことについて。

 

芸能人が結婚しようと、犯罪を犯そうと、亡くなろうと、自分の身の回りではないため、パラレルワールドで起きている出来事の一つくらいにしか思っていない。ただ、今回の件に関しては、メディアで闘病の取り扱いも多々あったことに加えて、自分が高校生の時に母が同じ病気になったこと(早期発見で今は健康)があるため他人事に思えなかった。芸能人の訃報で初めて涙を流した。今日はいろいろなことを考えてしまう1日となった。

朝のこと

これは今朝に起きたvending machine(和訳:自動販売機。中1の英語授業の初期で習った難単語。私にとっては思い出深い単語である。)にまつわる話である。

 

職場の最寄り駅に設置されている自動販売機で缶コーヒーを買おうと、購入中のオジサンの後ろに並んだ。寝ぼけ眼でぼんやり携帯を触りながら終わるのを待っていたが、なかなかそのオジサンは動こうとしない。サクッと買いたいのに早くしてくれよ~と思いつつ携帯から顔をあげると、オジサンは笑顔で私の方を振り向き、指でボタンを押すジェスチャーをしてきた。その時、自動販売機の販売中のランプの隣に数字の「2」が4つ並んでいるのが見えた。「このオヤジ、当たってやがる…!」と気付くと、条件反射で「エエッ!!」とすっとんきょうな声を出してしまった。我ながら朝っぱらからよくも間抜けな声を出せたものだと感心してしまう。オジサンは私に「当たったんだけど、二本も要らないからどうぞ~」と言ってくれた。一度は断ったものの、私は幸運なオジサンのお言葉に甘えた。

 

この幸運なオジサンは、たまたま後ろにいた見ず知らずの私に当たりを譲ってくれたほどなので、普段の行いの良さが想像できる。ガリガリ君の当たり棒がでると洗って、いつでも自慢できるように生徒手帳にセットしていた罪深き中学生の頃の私とは違う。(中3の頃はひと夏で5本当てた。これは今でもすごいと思う)

 

素敵なオジサンのお陰で今日だけでも人に優しくなりたい気持ちになった。今朝のコーヒーはいつもよりも身の引き締まるものだった。

 

 

 

ライド・オン

6月17日(土)金山ブラジルコーヒーにてライブを観てきた。


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出演

1.角田波健太バンド

2.しょうにゅうどう

3.藤井洋平&VSCOT

 

 藤井洋平を知ったのはceroのラジオ(ナイドリ)で紹介されていた時だ。初めて聴いたときは岡村靖幸、プリンスの系譜を感じた。特に「どうせおまえはわかっちゃくれない」のギターソロはパープルレインを彷彿とさせる。

https://youtu.be/FCnIasSnmFw

 

藤井洋平は興味はあるが、激ハマりしているわけではないのに加えて、ライブ行くと疲れてまうので、ブラジルに行くことに少し躊躇していた。結局ライブに行くに至った理由としては、ceroのサポートを務める厚海義郎、光永渉の演奏を近距離で見られることの期待が正直なところ大きかった。

 

 

ライブが始まってからすぐに、プリンス、岡村靖幸フォロワーだと感じていた自分の間違いに気付いた。藤井洋平は「藤井洋平」以外の何者でもなかった。オードリー春日が「ボケでもツッコミでもなく、私は春日だ。」と言っていたがそれと同じなのだろう。藤井洋平の妖艶なきらびやかさによって、名古屋の喫茶店内にニューヨークの摩天楼が見えた気がした。(自分のニューヨークのイメージは中学の時かじりつくように観ていたドラマ「花より男子」しかないです。つくしが道明寺に会いに行くとこやね。あと、ピース綾部頑張ってほしいね。)

 

 今、藤井洋平のアルバムを聴きながら本文を綴っている。藤井洋平の曲はバッキバキなブラックノリの曲だけではなく、スティーヴィーワンダーのように大いなる愛に満ちた曲も多数ある。サポートで参加している荒内祐のキーボードもそのサウンドに貢献しているのだろう。(ブラジルで見た時のDRIANもえげつなくかっこよかったけどネ。)そのラブ&ピースな曲調のひとつと思いきや「ママのおっぱいちゅーちゅーすって、パパのすねをかじっていたい」のような一筋縄ではいかないバチバチファンクマン藤井洋平のバイタリティー大放出の曲もある。「藤井洋平」という曲もあるのだが、自分の名前を曲名にするあたりも藤井洋平の画像を見るだけで府に落ちる。


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稀勢の里
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はっきりもっと勇敢になって

おマセさんから程遠い小学生の私はクラスのマドンナに「可愛い」と感じることはあっても、芸能人に対してはあまり無かった。そんな中、小学生ながらに可愛いと思った数少ない芸能人の一人に小倉優子がいる。小倉優子を初めて見た時、「こんなにかわいい人がこの世にはいるのか。芸能界ってのはすごいところだ」と感じた。


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知名度がグングン上がっていた頃の小倉優子は「こりん星」真っ盛りだった。ケツから糞ではなく苺がでるとの情報もあった。キャラ作りが強い小倉優子はクラスの男子の標的で「小倉優子キモい」などの話題で盛り上がっていた。渦巻くクラスメイトのディスの中で「俺は小倉優子かわいいと思うし好きだよ」とは言えなかった。むしろ、ディスれば盛り上がるので一緒になってディスっていた。その時、私は社会の授業で習った「踏み絵」を連想していた。聖母を踏めないキリシタンとは違って、罰せられることを恐れた私はガンガン踏んでいたことになる。小倉優子踏み絵事件は、今でも覚えているほどダサい経験だった。

 

中学生になると小学生とは違い、「誰々可愛い」と言うことに恥じらいが無いような空気感ができてきてきた。男子連中は芸能人、クラスメイト、学校の先生問わず誰々可愛い話で盛り上るようになっていた。そこで、何の気なしに「小学生の頃、みんなは小倉優子のこと非難しまくってたけど、俺は好きだったんだよねー。今見てもやっぱり可愛いわ。」と話したら周りの友人も「実は俺も…!」と共感してくれる人が少なからずいた。小学生の頃、勇気を出して「小倉優子かわいいし、好きだ!」とクラスメイトに打ち明けてたら、小倉優子ファンの集いができていたかもしれない。

 

小学生の頃だからまだ許せても、好きなものを好きって言えなかったり、やりたくないことを嫌々やったりなんてダサい。反町隆史も言ってるけど、言いたいことを言えないこんな世の中じゃPOISON。自分の気持ちに嘘をつかずに生きていきたい。とはいえど、それが困難なのが実情…。「仕事よりサウナ行きてえし、案件よりYouTube見てえっす。有給フルチューンしつつ、よくわかんない書類はシュレッダーしてえっす」と上司に言える明日を夢見ながら明日もきっと残業マン。

サウンドベイ

名古屋の音楽好きなら誰でも知っているレコ屋であるサウンドベイについて。

 

 まずは金山。今の職場に近いということもあり、よく昼休憩に行っていた。休憩とはいえど、仕事が終わるまでCDを買うのはあまりよろしくないと思い、買ったら背広のポケットにしまってこっそりロッカーの鞄に戦利品をしまっていた。しかし、ディグに時間がかかっていたせいか、上司より「お前、昼休憩時間とりすぎ」との指摘があり、それからは退社後のディグに切り替えた。これからもヨロシクだぜ。

 

続いて、一番マイナーだと思われる植田店について。ここは中古CDの販売はしておらず、CD/ビデオ/DVDのレンタルと新品ゲーム/CD/DVDの販売をしていた。   小学生の頃は家から近いということもあり、親と一緒に行ってアニメビデオを借りたり、ゲームを買ってもらったりしていた。クレヨンしんちゃん、超GALS!寿蘭あたりをよく借りていたのが懐かしい。植田店は音楽に興味を持ち始める前である小学生の頃から地元のホットスポットのひとつだった。

音楽に興味を持ち初めてからは月3回くらいのペースで通ってはCDレンタルをしていた。CDを買う金のない学生にとってCDレンタルの恩恵は大きく、結構な頻度でやっていたCDレンタルセールにはほぼ毎回行った。Red Hot Chilli Pepers、jimi hendrix、PANTERA、Janne Da ArcファンカデリックNirvana、キングクリムゾン、ピンク・フロイド東京事変とかはここで借りたなぁ。地元のTSUTAYAに置いてないような少し珍しいCDの取り扱いがあったのも魅力だった。

 小学生の頃からずっと通っていたので淡い思い出があるからか、いつもB'zの「恋のサマーセッション」を聴くたびにサウンドベイ植田店を思い出す。店内で、歌にあわせておどける女の手を握った記憶も、エアコン効きすぎてるから自分のデニムシャツを女に貸した思い出もなにもないのにな…。あと、稲葉浩志の「CDショップ」の発音がとてもかっこいい。学べや恋の夏期講習。

https://youtu.be/jMAR1N_7d4E

 

失って気付くといった具合に、閉店がきまってから自分にとってはかけがえのないレコ屋だったと感じた。会計済ませてから家に帰ってプレイヤーにCDをセットするまでのウキウキ感を一番感じさせてくれたレコ屋は、サウンドベイ植田店だな。

 

最後に上前津店について。学生の時は遊ぶなら上前津~栄付近が多かったので、街に繰り出して時間にゆとりが出来たときはいつも寄っていた。アクセスの良さから待ち合わせにもよく使わせてもらっていて、集合時間より早めにいってディグりながら待ってたりしていた。基本的にコスパ厨だし、入り口に近い棚ばかりみていた。

閉店したのは自分が社会人一年目の時の年末だった思う。閉店日が近づくにつれて値引き幅が大きくなり、それに応じて商品もだんだん減っていった。在庫が経るにつれて、閉店にリアルさが増していったのをすごく覚えてる。


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